2015年02月11日

他者との距離

他者との距離の取り方って難しい、と、思うことがよくあります。
特に、インターネット上での他者との距離は、どうにも量りがたいと感じています。

もともと私はさほど人付き合いが得意なわけではなく、どちらかといえばぼっち体質な人間だったりするので、他者との距離の取り方が難しいというのは、別にネットに限った話でもないのですが。

ただ、ネットを介しての関係となると、やはり勝手が違うものです。
日頃、生身の(あるいは電話での)お付き合いでは、相手のしぐさや声から、かなり情報を受け取っているのだと、改めて気づかされます。
生身の人間と触れ合わないという点では手紙でも同じではないかと思われるかもしれませんが、ネットだと即時性が高いだけに、不用意な言葉を無用心に発していそうで怖いのです。
ブログやSNSなどでのオープンな発言だと、まったく無関係な方が目にする可能性もあるので、さらにおそろしいです。
ちょっとオーバーに考えすぎなのかもしれませんが、『見えない』・『量れない』というのはどうにも不安になります。

お書きになった文章を日頃から見ていると、なんとなくその書き手の方が、とても近いところにいるような気がしてしまいます。
ですが、実際には、顔を合わせたこともなければ、声を聞いたこともない相手であるわけです。先方にとってはこちらはあくまで見知らぬ他人です。
なのに、勝手に親しいような錯覚に陥り、踏み込みすぎたメッセージを送ってしまいやしないか。
ためらい、迷った挙句、結局何もメッセージを送らずじまいになったり、考えすぎてやたらと硬い文面になってしまったりと、どうもうまくコミュニケーションが取れている気がしないときがあります。

たぶん、相手はそこまで気にしていないだろうし、よっぽど変なことをしない限り、さほど迷惑ではないだろうとは思う(思いたい)のですが、どうもごちゃごちゃ考えすぎて、及び腰になってしまうことが多いように思います。

ちなみに、私自身はメッセージをいただけるのはとてもありがたいと思っています。
自分からは送るのが苦手なだけに、感想などを下さる方には、大変感謝しています。

なので、私のほうからも、読んで感じることがあった時には、先方にメッセージを送りたいと思うのですが、なかなかいい言葉が見つからなくて、ぐるぐると考え込んでしまいがちです。

どうせならば、温かく、心励まされるような関わりを持ちたいものです。
邪魔にならないよう、重くなりすぎないよう、でも言葉足らずにはならずに伝えられたらいいのにと、思わずにはいられません。

posted by 霧原真 at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | 更新情報をチェックする

2015年02月06日

本を紹介するということ

サイト「柊館」では、自分の好きな本や好きな作家の紹介などを行っています。
今日は、私がなぜそういうことをしているのかを、少し振り返ってみます。

私はもともと児童文学畑の人間でもあったりするので、『本を薦める』という行動の中に、いわゆる教育的なものが含まれている部分もあるかなとは思っています。
ですが、『与える』でも『教える』でもなく、あくまで『紹介する』や『薦める』でありたいと思っています。

自分が今までの人生の中で、本を読むことによって知った喜びや楽しみを、他の人と分かち合いたい。
自分が好きだと感じているものを、同じように好きだと感じてくれる人が増えてくれればいい。
そういった思いから、他の人間に自分の好きな本を薦めてみたくなるのです。

ただ、その本を読んでどのように感じ、どのようなものを受け取るかは、個々人の気質やそれまでの経験などに大きく左右されるものだと思います。
自分がどんなにいいと感じるものであっても、他の人にとってはたいして面白くもないもの、つまらないものである可能性はいつだってあります。
それは相手が悪いのでも、自分が悪いのでも、はたまた本が悪いのでもないかもしれません。
本の良し悪しのほかに、俗に言う『相性』というものが大きく作用しているように思うのです。
だからこそ、単に1冊だけおすすめの本を出すのではなく、複数の本を自分の好きな本として提示しておくのはけっこう大事なことのような気がします。
私自身も、他の方のレビューなどを見るとき、「この本を薦めている方が言うのだから、あの本も面白いだろう」といった観点で、自分と本との相性をはかることが多々あります。

また、同じ人間が同じ本を読んだ場合であっても、『いつ出会ったか』によって、大きく評価が変わってしまう場合もあります。
まだあまり人生経験のない幼い時期に出会ったために未消化に終わり、つまらなかったという印象を残すこともあれば、他を知る前に出会ったがために過大評価してしまう、といったケースのことです。
こういう、出会いのタイミングはけっこう大きいものです。

人は楽しかった経験を持つことによってこそ、同じ経験を重ねていこうとするものだと思います。
そのときそのとき身の丈に合ったものをタイムリーに読める、というのは非常にラッキーな経験なのかもしれません。
だからこそ、幼い時期の読書は大切であるし、それをメシの種にする職業が成り立つのだと思います。

しかし、実際問題として、私自身はそのときそのとき身の丈に合ったものを読んでいたかといえば、決してそうではなかったように思います。
両親がそこそこ本を読む人間であったおかげで、身の回りにはそれなりに本が転がっていたし、図書館に行く習慣もそれなりについていましたが、私自身の読書経験は、かなりアンバランスなものであったように記憶しています。
中学生くらいの頃の私は、本の供給源をもっぱら学校図書館と親の本棚に頼っていました。結果、今振り返れば良書がいくらでもありそうな高学年向けの児童文学にはあまり触れず、司馬遼太郎や辻邦生、山本周五郎に世界文学全集(少年用のではなく、一般向けの)などを読んでいたように記憶しています。
むしろ高校生になってから、児童文学や今のライトノベルのさきがけとなるようなジュブナイル小説を多く読むようになりました。
それがよかったのか悪かったのかはわかりません。
ただ言えるのは、その時読んだ本たちというのは、たまたまそこにあったから読んだのであり、厳選された良書を人から与えてもらったわけでは決してないということです。

読書を取り巻く環境は、私が子供だった頃と現在では、随分変わったように思います。
ネットの発達のおかげで、どんな本が存在しているかを知ることもたやすいし、自分と同じような傾向にある同好の士を探すのも随分と簡単になったように思います。
ただそれだけに、情報の取捨選択が難しいとも言えます。

誰かが『これ面白いよ』と声をかけてくれることによって、今まで知らなかったものを手に取る。
それにより、新しい世界がひらけていく。
そういった可能性があるから、好きな本を示していくことには、それなりに意味があるのだと考えています。
posted by 霧原真 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

「黒歴史探訪」公開

NOVELSに「黒歴史探訪」というコーナーを作りました。
その昔書いた作品で、今読み返すと正直恥ずかしいものを掲載しています。
若いって……いろいろと痛々しいです。

OCRで読み取った原稿もあるので、もしかしたら変な漢字が混じっているかもしれません。
posted by 霧原真 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新履歴 | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

誠実な言葉で

小説にせよ、こういった雑文にせよ、私が文章を書く上でこうしたい、こうできたらいいなと思っていることを書いてみます。
あくまで、「こうできたら」です。
心がけてはいますが、実行できていないこともしばしばだろうと思います。

おおよそ次の3点にまとめられるかと思います。

1.わかりやすく書くこと
2.後で読み返して恥ずかしくないものを書くこと
3.わかっていることを書くこと

**************************

1.わかりやすく書くこと

なるべく誤解の余地のない、簡潔で平明な文章を書きたいと思っています。
そのためにはどうすればいいのか。
やたらと難しい言葉は使わないようにする。
構造にねじれのない、すっきりと意味の通っている文章を組み立てるようにする。
くどくならないように必要のない重複は避け、かといって言葉足らずにはならないようにする。
そういったことに気をつけています。

語彙の選択も大切です。
自分ではわかっているつもりの言葉でも、実は意味を誤解していたり、用法を間違えていることがあります。
自信のないときはすぐに意味を調べるようにしたいです。でも、気づかずに誤用していることも当然あります。
表記のぶれも、なければないにこしたことはありません。
句読点の位置とバランスも大切です。変なところに読点を打つと、文章の意味そのものが変わってしまいます。
難しい語彙、あまり一般的ではない熟語などは安易に使わないようにしたいです。
いくらセンスのよい言葉でも、読み手に意味が通じていなければ、意味がありません。

以前は、小難しい言葉を安易に使っていたような気がします。
難解な語彙、くどくわかりにくい文章で威圧感を与え、煙に巻く。そういったことをしてしまった覚えがあります。
たぶんいわゆる厨二病だったのでしょう。今思えばけっこう恥ずかしいものです。
まあ今でも、硬めの文章を書いてしまっているという自覚はあります。
とはいえ、あまりくだけた文章を書くのも気恥ずかしく、何となくお行儀のよい文章になってしまっています。


2.後で読み返して恥ずかしくないものを書くこと

10代の頃に書いた日記や小説は、ネタだと思い切らなければ、読み返す勇気が持てません。
考え方云々以前に、書きっぷりそのものが恥ずかしくて、途中で投げ出したくなります。
酔ったような調子や、流行の口語の多用は、老けてから読み返すとかなり破壊力があります。
それを微笑ましいと思えるほど枯れていれば平気なのかもしれませんが、そこに到るまでにはかなりの年月を必要とするようです。私はまだ無理です。

書いてしまったものをあとで消したくならないように、最初からなるべく恥ずかしくならないものを書きたいものです。
ただ、ものの考え方などは時につれてだんだん変わるものですし、文体の流行り廃れも普通にあるものです。
恥ずかしくならないというのは、程度問題かもしれません。
それでも、そのときそのときに於いて、読み手を思い、誠実に書いたものであるならば、恥ずかしさの度合いはかなり小さくなるのではないかと思います。


3.わかっていることを書くこと

小説を書くときに下調べをせよということは、よく言われています。
確かに、知っているか知っていないかで、書き方がぜんぜん違ってくるように思います。
後で他人から突っ込まれたらまずいから、というのも無論ありますが、そもそも書いている段階で、自分自身がつらいです。
はったりを利かせて書いたことは、後で見返すとどうしても痛々しく、不安が拭えません。

けれども、調べて知ったことをそのまま長々と書き込むのもまた、本末転倒です。
調べまくったことを結局まったく使用しない、あるいはたった一行くらいしか使わないというのは、普通にあることのように思います。

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総じて言えることは、『語り手として、受け手に対していかに誠実であるか』、ということではないかと思います。

言葉を語ることは、自分の中にあるものを外に出し、他の人にわかってもらおうとする行為です。
語ろうとする以上、そこにある種の自己顕示があるのは間違いありません。
ただ、無駄に相手と張り合い、相手をねじ伏せようとするのは、好ましいことではありません。
そのようなことをしても、自分の思いが正確に伝わるはずもないのですから。

難しい言葉を使い過ぎると、自分の教養をひけらかしているように見えます。
入り組んだ文章構造は、誤解を招きやすいし、相手を煙に巻いているように見えます。

自分を大きく見せ、相手を圧するのではなく、率直に誤解の余地のない言葉で、無駄なく語る。
威張るのではなく、かといっておもねるのでもなく、ただ、必要なことのみを語り、まっすぐに伝える。
そのようにできたらいいのにと、思っています。

posted by 霧原真 at 03:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | 更新情報をチェックする

2015年02月02日

実はちょっぴり困っている

何となく思い立って、自分のハンドルネーム(というかペンネーム?)をネット検索してみました。
同姓同名で、ネット上で物書きをなさっている方がいました。
小説家になろうに投稿したり、同人作品を書かれたり、けっこう活発に活動なさっている方のようです。

というわけで。
「霧原真」で、ネット検索をかけたとき最初にひっかかる方は、私ではありません。
私への苦情や不満などがある場合は、直接こちらにお願いします。

実はなろうさんに登録しようかと思ったのですよ。
いえ、自分が自作を今すぐ投稿できるわけではないのですが、あそこの投稿作品で、作者の方にメッセージを送りたいなと思うものに出会ってしまいまして。
なので、感想を送れるようにID取得しておきたいと思ったのです。
ですが、既に登録されている方と同じ名前を使うのは、システム上はたぶん可能なようですが、実際にはどうも気が引けます。
かといって、いまさら別の名前を使うのもなんだかしっくりこなくて。

明らかに中身が違うのはちょっと見ればわかると思うので、活動場所さえかぶらなければ混同されることはないだろうと思うのです。
なので、普通にサイト運営等をする間はこのままでもいいかと思っているのですが、さすがに先方が以前から活動されている場所で同じ名前を名乗るのは、失礼にあたるでしょう。
とはいえ、ものすごく地味にしか動いていないものの、当方もいちおう10年以上使ってきた名前だったりします。
この名前で認知してくれている方もいないわけではないはずなので、できればこのままの名前を使いたいのですが……

苗字だけひらがなにするあたりで手を打つべきなのか。うーん。
posted by 霧原真 at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 身辺雑記 | 更新情報をチェックする

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